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「この部屋の畳です」
と案内された部屋の畳を見て、喉元まで
「このままお使いください」と出そうになりました。

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私の店には古くから畳の事をお任せ頂いている何軒かの
ヘビーユーザーのお客様がいらっしゃいます。
中でも個人の住居で70帖近い畳がすべて
中継ぎ表と本高宮麻縁仕様などという事は、
全国でも数軒あるかなしかだと思います。
しかも人間国宝であった寺岡文子さんの手織り中継ぎ表。
30年は経過していますが、今や工芸品の域に入る最高級の畳だからです。

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始めた頃は、こういう畳は先代がやってくれるものと
ずっと思っていました。
しかし先代が亡くなってからここに1人呼ばれた時は
不安で不安で大変だった記憶があります。

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水屋でさえも中継ぎ。

同じ畳の仕事をしていても、おそらく出会う事がない人の方が多い。
流行のカラフルな和紙畳を多く作る畳屋さんもいれば
最新の機械で1日に数多くの畳を仕上げる畳屋さんもいます。
温故知新、現代に沿った新しい畳を開発する畳屋さんもいます。
しかし私の場合は、こういう畳と向き合わなくてはならない境遇にいます。
でも、こんな畳を作るために自分は畳の道を選んだのではないか、
最近そう思うようになりました。
少し仕事ができるようになったつもりでも、全国の畳職人さんと話していると
その知識や技に何度もカルチャーショックを受ける繰り返し。
恥も沢山かきました。
しかし気持ちさえあれば、段々とそれらしくなってくるものです。
おそらく畳製作の全てのパートの、ここはこうでなければダメ、
という「基準」が分かってきたからだと思います。
そしてその基準をクリアするための技、裏技。
それを実践の場で試す事ができたのもお客様のおかげです。
練習と実際の施工とでは、プレッシャーが全く違います。

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この手織り中継表のイグサを供給していたのが廣川さんでした。
廣川さんが亡くなられる前の3年間に、何度か広島に行き、
話をさせて頂くことができました。
3年通って、やっと名前を覚えて頂けました。
日本一の備後畳表を製織していた廣川さんに会わないと始まらない。

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(故廣川広志氏の工場にて 2006.10月)

勝手にそう思い、あの時はただ闇雲に備後産地を尋ねましたが、
いつの日か、材料から選ばなければならない難しい仕事を
先代のように自分で物の良し悪しを見極めて、
お客様を納得させられるような仕事をしてみたい。
帰りの新幹線の中でそう思った事を鮮明に覚えています。
ある日、廣川さんから京都御所の畳工事で使われた
機械織りの中継ぎ表が送られてきました。
予備の一枚でしたが、「あんたにあげる」と言われた時は
本当に胸が熱くなったのを覚えています。
その後お茶を始め、今は毎週その中継表の畳の上で稽古をしています。
奇遇としか言いようがありません。

今からでも畳の修行に行きたいと思う未熟な自分ではありますが、
実際にこういう畳を任されて仕事をしている事自体、
その時の夢が叶っているのかもしれません。

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今月は、他の仕事は一切しないでこのお客様の畳を作っています。
使う全てが一級の素材。
えらくてシンドくて体が悲鳴をあげていますが、
還暦前の禊(みそぎ)と思って頑張ります。
こういう縁を残してくれた先代に本当に感謝です。
そして何よりも、
貴重な経験を積ませて頂ける仕事をご依頼頂きましたお客様、
ありがとうございます。

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