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2021.06.02 本来の畳
全日本畳事業協同組合と岐阜県畳組合のそれぞれ
書面による総代会と総会が終わりました。
これは自分に課せられた役割ですので多忙も当然の事。
しかし大変です。
私はやってしまいますが、次の人は出来るのだろうか?
と、余計な心配かと思いつつも考えてしまいます。
もちろん一人で出来ることではありませんが、
しかし両者共にこれからの若手を発掘する事が不可欠。
いつまでも自分が居ては、相反する事にもなるでしょう
私は自分が一生懸命やる事ばかりで、人を育てるなどの
余裕がありません。本当に情けないですね。。

ステイホームという事で、最近は調べ事をしています。
本来、鎌倉から室町時代にかけて、畳が段々と敷かれるように
なってきたのですが、それはどんな畳だったのか?
どんな畳床にどんな畳表や縁が付いていたのか?という
単純な話です。
知っておられる方がいたら是非教えて頂きたいです。

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私は茶の湯を学んでいますが、茶の湯の歴史や世界の中で
「畳」というのはかなり密接な関係があります。
茶室の畳を作っている人間が、茶室の畳の本来の姿形を知らない
という事が、私の中ではNGというだけの事ですが。
生き証人がいない以上、当時の文献を探すしかありません。
千利休ら歴史上の大茶人達が、どんな畳の上で
点前をし、おもてなしの茶を点てていたのか?
縁内64目という目数はいつから言われるようになったのか?
麻縁だったのか?
畳の歴史は茶の湯の歴史に大きなヒントがあります。
南方録、山上宗二日記、松屋会記等々、じっくりと
読んでいますが、全てに陰と陽が存在する考え方は深いですね。
カネ割の所が一番畳が絡む所です。
かなり深い話ですが、
しかしこれであっても本当の話なのか、100%真実かどうかなど、
誰も保証出来る人はいません。
千利休は切腹していなかったという説を、近年、何人もの
文学者の方々が立証されています。
ただ、畳屋として、どこまで真剣に畳に向き合えるか?
という、自分に課す座学、宿題だと思うと、避ければ
楽をしてサボっている気がしてなりません。
自分の性として諦めます。

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